【場面緘黙っ子】辛い経験も糧になる?!(年中)

場面緘黙っ子に親・人として日々学ばせてもらっています。
※場面緘黙とは、家などでは普通に話すのに特定の場面(保育園・学校など)では話すことができない状態。


同じ保育園に最近、来ていない子がいるのですが、緘黙っ子に何故休んでいるのかを聞いても、
「知らない!行きたくないんじゃない!」
緘黙っ子も行きたくない時あったけど行けるようになったから…一回挑戦してみたらいいのに!もしかしたら、行ってみたら保育園楽しいって思うかもしれないし」
と言っていました。
そんな言葉が出てくるなんて、あの不登園の時には想像もできませんでした。
これこそ、辛い経験が緘黙っ子を成長させてくれたのかもしれません。

今でもたまに朝の気分や体調不良で久々の登園などで、「保育園行きたくない!」と言うときもあるのですが、
「今日、1日行ってみたら?!行ってみたら楽しいかもしれないし、もし今日行って嫌だったら明日休んでもいいから」
と言うと、
「行ってみるー!でも嫌だったら明日休ませてね。」と言ってご機嫌に登園していきます。
こんな風に行動出来るのは、辛い経験を乗り越えて乗り越えた先には楽しかった!という成功体験があるからだと思います。

そして、いつも「楽しかったー」と保育園から帰ってきますが、もしお迎えに行った時に「楽しくなかった」と泣いていたらどうしよう…とその日は1日中なんだかソワソワしてしまいます。

結局いつもよりお迎えも早く行ったりしています。(できるだけ嫌なことがないように)
過保護だよなーっと思いながらも、もう保育園行かない!と言われるのが、やっぱり恐怖で自分のために…
もっとどっしりと構えれたらいいのですが、親の私がまだ子供を信用できていないんだと思います(反省です…)


もしかしたら辛い経験も糧になるのかもしれません。
確かに辛い経験をして色んなことを学んでたくましくなっているのは確かです。
でも、これはたまたま乗り越えられたからであって、本来しなくてもいい辛い経験はしなくてもいいんじゃないかなーっと思います。

緘黙っ子は喋れないので他の子が経験していない辛い事をたくさん経験していると思います。
そのため、自己肯定感が低くなりやすい傾向にあると思います。

だから、辛い経験よりも、それ以上に成功体験を積ませてあげたい!
そして、自信をつけて自分のことを大好きになって欲しい!!

一番の味方はやっぱり自分自身なので、自分を好きでいること・自分はやれば出来ると思える自信は、生きていく上では大切な事だと思います。

自分は人から愛されている!
自分の事が大好きだから自分を大切にする!

自分を大切にできてこそ、周りの人にも優しくできると思います。

子供が大人になっても、ずっと自分を好きだと思えるように、土台を作って上げることが親の私が今、出来ることの一つなのかなーっと思います😊

【場面緘黙っ親】も特性あり?!

場面緘黙っ子に親・人として日々学ばせてもらっています。
※場面緘黙とは、家などでは普通に話すのに特定の場面(保育園・学校など)では話すことができない状態。

 

場面緘黙症を検索していると色々な発達障害のワード(ADHDASD・感覚過敏など)が出てきます。

あっ!!親の私もそうだったのかもー!!と…。
小・中・高校生と、その時は感じていなかったのですが、
大学生になり、生きるってこんなに楽なんだーっと感じるようになりました。


私の昔話になるのですが…

小学生になり、ずっと席に座っていないといけないことが辛く、授業中に叫びたくなる衝動にかられることがありました。
その時はグッと我慢して耐えていました。
特に国語の授業中になっていたような気がします…
面白くなかったのかもしれません😩
今思えばADHDの特性がでていたのかもと思うのですが、小学生の頃はそんな事も知らないので、みんなこの叫びたい衝動を我慢していると思っていました。
その感覚は、大人になった今でも覚えています。

そして、何よりも苦手だったのが、
皆で作り上げていく文化祭。
皆が、筆などを持ってペンキで塗っていくが筆も人数分ないし、何をしたらいいのか分からず…でも、やっていますよー!!のフリをしないといけなくて、辛かった!!
あと人の悪口を聞くことが辛かったです。
でも女子トークはそれも友達としての大切なコミュニケーションなのですが、それを聞くこともしんどかったので、「私はそうは思わない!!」と言って話をすぐに終わらせていました。
雑談も苦手だし…
たぶんASDの特性(?!)なのかもしれません。
それでも、友達はたくさんいたし学校生活は問題なく過ごせていたので、自分が発達障害だなんて思ったこともありませんでした。

その事柄も忘れていました。
が、緘黙っ子を育てていると、
療育の先生や心理士さんなどに自分の気持ちを話す機会が増えた…そんなある日、
緘黙っ子には保育園が全てではない!他にも居場所があるんだー!世界は広いと知ってほしい!
私は大学生になって、世界は広いなーっと知れて楽になったので」
と話していて、
『あっ!私はそう思っていたんだー!』と始めて自分の気持ちを知りました。

カウンセリングってそうゆうことなのかなーっと…。自分では気づかなかったけど、話しているうちに、自分の心の底に眠っていた気持ちが、出てきて本当の自分を知ることができるのかなーっと。


今まで教室という箱の中に入れられて、
皆と同じようにしないといけない、
仲良くなりたくない人ともクラスメイトだからという理由で文化祭などの行事をこなさないといけなくて、
ずーっと愛想をふりまくフリをしないといけなくて、
しんどかった…。

でも、大学生になり自分で授業を選び、実験などはあるので、ある程度の人付き合いは必要だが、教室でずーっと同じということがないので、嫌だったら実験中だけ愛想をふりまいていれば、あとは自分と気の合う友達とずーっと一緒に居ればいい。
小・中・高校生の時は学校しか居場所がなかったので、狭い世界で頑張って生きてきた。
仲間外れにならないように…

でも、大学生になり、世界って広いなーっ!学校だけが全てではないと思えた時、心が軽くなりました。

社会人になり大学生の時と比べると自由は少なくなりました。
それでも、小・中・高校生の頃の居場所は学校だけしかない!だから、学校は絶対に行かないとだめなもの!!
という気持ちに比べると、いざとなったら辞めるか辞めないかを自分で選択できる権限がある!!
今生きている場所だけではなくて、他にも居場所はある!世界は広い!!ということを知っている!!
という事は、
私にとって、小・中・高校生に比べると社会人のほうがよっぽど生きやすくなりました。

世界は広い!!と知っているか知っていないかの差だけで生きやすさはこんなにも変わるんだと経験して思いました。

だから、緘黙っ子にも色んな経験をして色んなことを知ってほしい!!

世界は広い!!
学校が全てではない!!
そこに馴染めなくても悲観的になる必要なんてない!!
だから、笑顔で楽しく過ごしてほしい!!
そして、挑戦することを諦めないでほしい!!
そしたら、どこかにきっと居場所がみつかるから!!


【最後に…】
親の私も発達障害だったのかもしれません…
今思えば、生きにくかった…
でも、それが当たり前の感覚だったので自分が生きづらいなんて、緘黙っ子を育てるまで気づきませんでした。
だから発達障害なのかもしれませんが、特に困り事などなかったので、
私の場合は個性・性格で収まったのかもしれません。
緘黙っ子はトイレ問題など困り事があるので障害なのかもしれません。(喋れない事で本人が困っているかは分かりません…親は困っでいますが…)
なので、困り事は減らし安心できる環境にしてあげる必要はあると思います。

でも、
例え困り事がなかった、
もしくは気づいていなくても…
『経験』や『知識』をもつことは、
生きやすくなる!!
最初の一歩だと思うので、親としてこれからもたくさんの経験や知識を増やしていってあげられるようサポートしようと強く思いました😊

【場面緘黙っ子】おっちょこちょい?!

場面緘黙っ子に親・人として日々学ばせてもらっています。
※場面緘黙とは、家などでは普通に話すのに特定の場面(保育園・学校など)では話すことができない状態。

 

緘黙っ子は小さい時から動くことが大好きで、
常に動いています。
そのため、怪我をすることも多かったです。
前歯は2歳のときに打って前歯2本が奥に引っ込みましたが、数ヶ月すると元の位置に勝手に戻ってきたので、安心していました。
そして月日は経ち、6歳になる直前に
椅子からジャンプをし滑って、また前歯を強打し、前歯2本が今度は抜けてしまいました。
大人の歯が生えてくるまで待つしかありません。


これは『おっちょこちょい』で済ませてもいいのか…
ADHDなのかも…
発達障害ADHDASDなど併発する事があるらしいので…。

ADHDについて色々と調べました。

①不注意優勢;不注意(集中力がない)
特徴は
・片付けが苦手・忘れ物が多い
・注意を持続するのが難しいが、じぶんが好きな事に取り組んでいる時は話かけても気づかない。

②多動・衝動優勢;多動ADHD(じっとしていられない)衝動性(思いつくと行動してしまう)
特徴は
・目的のない動きをする
・感情が不安定になりやすい
・過度なおしゃべりや不用意な発言


緘黙っ子はどちらかと言うと②の傾向が強めだと思います。
でも、発達障害の知識が増えれば増えるほど、
『そんな完璧な人なんていないよね!!皆、大なり小なり何かの特性は持っている。でも、本人や周りが困っていなかったら、それは個性であって障害ではない!!』
『本人や周りが困っていたら、それは障害かなー』

うちの子はどちらかと言うとADHDでも②の多動・衝動優勢だとは思いますが、
保育園ではもちろん療育中も椅子に座らないといけない時は座っていられるみたいです。
本人は今はそこまで困っていないと思います。(困ってるかもしれませんが…)
むしろ親から見る限り、場面緘黙や受動型ASDからの困り事が大きいです。

なので、今は場面緘黙や受動型ASDでの困り事を少しでも軽減し生きやすいようにしてあげられたらいいなーっと思っています。
 

【最後に…】
発達障害は疑いだしたらきりがないですが、
障害か個性かの違いは
『本人や周りが困ってるかどうか』
だと思います。

もし、周りや本人が困っているなら療育などスタートし少しでも周りや本人が生きやすいようにサポートしていく必要があるのかなーっと感じています。


発達障害の知識が以前よりは増え、
「えっ?!私もADHDASDの特徴がめちゃくちゃある!!と思いましたが、私の場合それなりに今まで過ごせてこれたので、今のところ障害ではなく個性なのかと…。(周りはめちゃくちゃ困っていたのかもしれませんが…もしそうなら、その節は大変ご迷惑をおかけしました…すみませんでした🙏)」


発達障害は二次障害(鬱や引きこもり…など)になりやすい!!
二次障害を出来るだけ起こさないように楽しく毎日を過ごして欲しい!!
そのために、これからも親ができるサポートはできるだけ続けて行きたいと思います。

子供の『笑顔』を思い浮かべるだけで私はとても幸せな気持ちになります。
子供の笑顔は親にとって『宝物』✨


ブログを書いていると頭が整理されるのですが…

サポートを頑張ろうと思うのも、
結局は子供のためではなく、宝物がなくなって欲しくない自分のためなんだと気付かされました。

子供のためではない!自分のため!!
上手くいかなくたって、
自分のために頑張って上手くいかなかったんだから…
自分が勝手にしたことなんだから…
『こんなにしてあげたのにー』と
子供を絶対に責めちゃだめ!!

でも頑張りすぎたら『こんなにしてあげてるのにー!!』とイライラしてしまうかもしれない…。
それは親にとっても子供にとっても良くないと思います。
だから親は頑張り過ぎず、できる範囲でサポートしていくことが大切なのかもしれないと気付きました(←遅)

【場面緘黙っ親】ドキュメントTVをみて思う事

場面緘黙っ子に親・人として日々学ばせてもらっています。
※場面緘黙とは、家などでは普通に話すのに特定の場面(保育園・学校など)では話すことができない状態。


二人の子供と生活している家族のドキュメント番組(イーちゃんの白い杖)をしていました。
上の子は全盲で目が全く見えない。
下の子は重度障害で常に介護が必要な状態。
この家族を20年以上に渡って密着していました。


そのTVでは
『障害があろうがなかろうが誰にでも生きる意味・生まれてきた意味がある!!この家族が本当の幸せって何か教えてくれました。』
と最後に締めくくられていました。
その通りだと思います。

誰かが言っていました…
『障害は不便だけど、不幸ではない!!』
本当にそうだと思います。

緘黙っ子を育てていても、喋れなくて不便だけど不幸だとは思いません。


障害をもつ子を育てている親も不幸ではないと思います。
でも、大変か大変じゃないかと聞かれれば…
やっぱり大変だと思います。

私は親目線でどうしてもTVをみてしまいます。

私は緘黙っ子と生活をしていて大変なことも多々ありますが、一人で身辺自立はできます。

重度障害者と生活している、その方とは大変さの種類も全く違うので想像することしかできません。
それに、映像でみせている部分は一部分だろうから、私が想像する以上に大変だろうと思います。


TVでの母親の言葉で
『二人いてしんどいし大変だなと思うこともあるけど、二人で何とか助け合ってくれてありがたいなーっと、今はね思いますけどね…長かったですけどね…ここまで…』

私はこの言葉が全てを物語っていると思いました。


自分の子供は可愛い!!唯一無二の存在!!
これは大前提だと思います。
でも、毎日の生活が大変すぎたんじゃないかと…。
肉体的にも精神的にも…

ただ、肉体的にも大変だとは思うのですが、
それよりも精神的にしんどいほうが辛かったんじゃないかと思います。

TVの母親も看護師としてずっと働いていました。
二人だけをみていたら自分に余裕がなくなり、パニックに陥ると思ったから!と言っていました。


たぶん色々と受けられる支援は受けてきたんだと思います。(施設が足りないなど苦労はあったと思うのですが…)
だからこそ母親も働き続けることができて、家以外の居場所があったから、大変な育児も乗り越えられたんだと思います。

親にだって家以外の居場所は必要で、
それが仕事場なら、
お金も稼げるし最高だとは思うのですが…

障害のある子供を育てていると、仕事を休まないといけないこともたくさんあると思います。
理解のある会社なら働き続けられるのですが、全部の会社がそうとは限らないため、そうなると会社にもどんどん居辛くなり結局、辞めてしまう方も大勢いると思います。
そして、家に引きこもり障害のある子の育児だけをしていると、将来の事など考えてしまい、不安で不安で…
不安に押しつぶされそうになり、
親の心が疲弊してしまう…。

今回のドキュメントをみて、重度障害者をもつ親の大変さを想像しながらみていましたが、
ドラマのリエゾンでもこのような事を言っていました(記憶は曖昧ですが…)
『同じ苦しみが分かるのは医者でもなく誰でもなく、同じ体験をした人だけ』

私の子は場面緘黙症なので、場面緘黙症をもつ親の苦しみなどは、症状の軽度・重度の違いはあれど、場面緘黙症を育てていない方よりは、分かり合えると思います。
でも、重度障害者をもつ親の大変さは想像でしかなく、本当の苦しみ・辛さ、そして喜びなどは経験していないので、分かりません。

だからこそ、同じ境遇の人達と
「◯◯が大変だよねー!!」
「分かる分かるー!!」
「でも、◯◯してると幸せだよねー」など…
分かち合える場所が必要だと思います。

育児をしていて辛い・苦しいだけではなく
日々、喜びや楽しみなど幸せを与えてくれているので毎日の育児を頑張れるんだとは思います。

でも、辛い時・苦しい時に
自分の胸の内を言葉にし発散し、
共感してもらえ、
そして他の人の話を聞き、
皆も大変だけど頑張っているんだ!
だから私も明日から頑張ろう!!
とまた新たな気持ちでスタートできる。
そんな場所があれば、より心穏やかに
日々の育児を楽しめるのではないかと思います。

私の経験ですが、
モヤモヤしていた気持ちを言葉にして伝え、共感してもらえただけで、
心がスーッと軽くなり、
『よーし!また毎日の癇癪に付き合いながら育児頑張るぞー!!』と…
発散して数日は優しい気持ちで子供に接することができました。
(数日すると、またイライラしてしまうのですが…)

 

障害を持っている子も困っているが、親だって困っている…
改めて、障害の子だけではなく、
障害の子を育てている親の居場所ももっと増えていったらいいのになーっと思いました。

【場面緘黙っ子】二次障害緩和?!

場面緘黙っ子に親・人として日々学ばせてもらっています。
※場面緘黙とは、家などでは普通に話すのに特定の場面(保育園・学校など)では話すことができない状態。


場面緘黙っ子は目立たないため、どうしても手のかかる子に先生の目がいくので、
困り事が先生にも気づいてもらえないため、一人で苦しみ、結果、二次障害を起こしてしまいました。
※二次障害とは
発達障害などの一次障害を原因として、周囲からの理解を得づらい環境で、繰り返し注意されたり、不安な経験をしたりすることで自己肯定感が下がり、別の問題がでてくること。

 

場面緘黙っ子でよく話題になるトイレ問題。
うちの子も一番の困り事はトイレでした。
保育園で、「トイレに行きたい」と言えず、漏らしてしまうことが多々あり、
それからは

・トイレに行ったばかりなのに、トイレを見つけるとトイレに行く!!
・保育園のお散歩でトイレに行きたくなったら困るから、お散歩行きたくない!!
・保育園の楽しい遠足なども、トイレ行きたくなったら不安だから行きたくない!!
・バスや電車に乗っててトイレ行きたくなったらどうしよう!!
・保育園の屋上のプールにトイレはないからプール入りたくない!!

などなど…

また、手などが汚れる事を極端に嫌がるようになり、少しでも汚れたら手を洗いに行くようになりました。
そのせいで、手は真っ赤になり荒れていました。


強迫性障害だったのかもしれません。
※強い不安や恐怖があることで、『やりすぎ』ともいえる考えや行動を止めることができず、日常生活に支障が出てしまう病気


このトイレ・手洗い問題は年少・年中の2学期(1年半以上)ぐらいまで続きました。


また、困ったことがあっても喋れない!という環境で、頑張りすぎていたため、
年中のGW明けから不登園になりました。

強迫性障害にしても不登園にしても
場面緘黙からの二次障害だと思います。

 

では、どうやって改善したのかと言うと
それは
心が安定したから!!

ただ、それだけです。
でも、それが一番難しい!!


うちの子の場合、
・療育に通いだし、褒められる経験が増えた事。
・保育園の先生と相談しながら運動会やお泊り保育などの行事に参加できた事。
・仕事をセーブし時間に余裕ができると親の心にも余裕が生まれた事。
・ペアレントレーニングなどを受けて、
結果ではなく過程を『褒める』を意識した事


などなどで、
自信をつけ、
結果、心が安定したように思います。


この時期、心がけた事は
【自信を持たせてあげる】
ことでした。

自信を持てて初めて『挑戦してみよう!』っと思う気持ちを持てるのかなーっと思います。


以前は「できない。やってー。」など、すぐに諦めたり、挑戦しようとしなかったのですが、


今は、心が安定しているので
「挑戦してみないと分からないから、やってみる!」
「出来る子もいるし、出来ない子もいる。
挑戦する事が、大切!!」
「諦めたらそこで終わりだから練習する!!」
などなど…たくさんの名言が出てきます😊
自信を持てると人はこんなに変わるんだ!!と驚きました。

 

今は、心が安定しているのでトイレも手洗いも頻繁に行くことはないですが、
心が乱れると、この行動が現れるので、
心が壊れる前の
バロメーターとして観察しています。


【まとめ】

病院で診断は受けていませんが、
場面緘黙症から強迫性障害や不登園などの二次障害を発症してしまい、その症状を軽減するには
時間もかかり、その間、子供も親もかなり苦しみました。


今、思うことは
『喋れるようになるにはどうしたらいいのか』
に執着し過ぎて、
子ども本人の気持ち(不安感)・困り事などに気付いてあげられず、気付いた時には子供はとても苦しんでいました。

場面緘黙からの二次障害を出来るだけ起こさないようにする!!


めちゃくちゃ難しい課題ですが…
緘黙っ子と一緒に毎日、笑顔がたくさん溢れるように過ごしていきたいと思います😊!!

【場面緘黙っ親】過干渉やめなきゃ!!

場面緘黙っ子に親・人として日々学ばせてもらっています。
※場面緘黙とは、家などでは普通に話すのに特定の場面(保育園・学校など)では話すことができない状態。


以前は子育てにおいて過保護はだめだ…
何でも自分でできるように育てないと社会に出た時に苦労する!!と思っていました。


でも、不登園になり緘黙っ子の心が壊れた時、
親は一番の味方だよ!!
を伝えるためには、過保護ぐらいにならないと
心が壊れた子供には伝わらないんじゃないかと思いました。
「ご飯食べさせて!」
「抱っこして!」
「服着替えさせて!」
「トイレについてきて!」などなど…
甘やかし!!と言われたらそうなのですが…
でも、不登園になり心が壊れて苦しんでいる緘黙っ子が、親からの愛を確かめているように私は感じました。
出来ないことは出来ないが(お菓子をもっと食べたい…など)できる範囲で要求には応えていました。
基本的に物の要求には応じませんが、お金がかからない親の愛を求めてくる要求には応えるようにしていました。


そして、心が元気になってくると、緘黙っ子はどんどんと自分でするようになっていきました。
服だって着替えて保育園の持ち物の準備まで一人でします。

心のエネルギーがいっぱいになったら、
また、自分で進み出していきました。

だって、うちの子の場合、
『出来ない!』じゃなくて
『自分で出来るけど、甘えたい!』
という愛の確認作業だったからです。


巷では過保護はダメと言われているとかいないとか…
私は駄目だと以前は思っていましたが、
今は過保護って別に悪い事ではないんじゃないかなーっと思っています。
線引がブレブレだと子供も混乱すると思いますが、
しっかりと親の中で線引がされていたら(物質的な要求には応えないなど…)過保護でもいいのではないかと…😊


過保護とは…
子どもが望むことを全てやってあげてしまうこと。
過干渉とは…
親が望むことを子どもにやらせること。
だそうです。


ダメなのは『過干渉』だと思います。
私は過干渉でした。
いや…今も気をつけるようにはなりましたが、
まだその傾向は強いです😩


親の過干渉がコドモに与える影響は
・自立できない
・自信がもてない
・物事にチャレンジできない
だそうです。

『自立』は私が子育ての最終目標にしている言葉…

今すぐに過干渉はやめないと!!
と決意しました。
まずは子供に言ってしまう口癖を直そうと思いました。
例えば…
・〇〇しなさい!
・早くしなさい!
・何回も言ってるのにどうしてできないの!
・困ると思って言っているんだから!
・失敗しても知らないからね!
・お父さんに言うからね!
などなど…

もう書けば書くほど親の立場を利用して子供をコントロールしようとしていて、過干渉親でした。
ってか今でもたまに言ってしまいます…
本当にごめんなさい…
気をつけます!!

マザー・テレサの格言で
思考に気をつけなさい、それは、いつか言葉になるから。
言葉に気をつけなさい、それは、いつか行動になるから。
行動に気をつけなさい、それは、いつか習慣になるから。
習慣に気をつけなさい、それは、いつか性格になるから。
性格に気をつけなさい、それは、いつか運命になるから。

過干渉は駄目だ!と思考に気をつけると、
→言葉(口癖)が変わり
→いつか運命も変えられる!!
のかも…😊

気をつけます✨

【場面緘黙っ親】が子に求める最終目標

場面緘黙っ子に親・人として日々学ばせてもらっています。
※場面緘黙とは、家などでは普通に話すのに特定の場面(保育園・学校など)では話すことができない状態。


親なら、思っている事!!
それは、
『自立できる子になって欲しい!!』
良い学校に通わせて良い会社に就職し、自分で立って暮らせるようになって欲しい。そして幸せに暮らして欲しい!!
と思っていると思います。

場面緘黙っ親もそう思っています。
でも、
『良い学校に通わせて良い会社に就職し』は思っていません…というより、思わなくなりました。
だって、そこを目指したら辛くなるので…
今のままだと、会社勤めは難しいのかなーっと思っています。
会社はチームプレイなので、コミュニケーション能力はやっぱり重要で、場面緘黙っ子にとって会社は辛い場所かなーっと今現在は思っています。(これから成長し飛躍的に会話力が上がるかもしれませんが…そうなったらいいのになー(笑))


今はただ、
『自立できる子になって欲しい!!』

そのために必要な能力は
『自分はどこまで出来るのか。何が出来ないのかを分かること』
『出来ない時、困っている時に助けを求められること』
だと、自閉症など発達障害を研究されている先生が講演会でお話しされていて、
障害の重度、軽度は関係なくこの2つが出来る子は『自立』出来て生活している。とのことでした。

これは、発達障害とかではなく、皆に当てはまる事だと思います。
ただ、場面緘黙っ子は喋れない分、助けてもらうことは他の人より多いかもしれません。
その時に、どういう形であれヘルプが出せる事ができれば、仕事もでき生きていけると思います。

人は一人では生きていけないからこそ、
助けてと言える事は、生きていく上でとても大切で、言えるように・伝えられるようになったら、
生きやすくなると思います。

【最後に…】
子育てをしていく中でずっと『自立』の言葉がありました。
でも、自立をさすにはどうすればいいのか分からず、
いい学校に入れたい!良い所に就職させたい!!
いい学校に入れるためには勉強を頑張らせないとダメだし、いい会社に入れるためには面接でのコミュニケーション能力が試されるし、
でも、この2つは親が頑張れる事でもなくて、自分で努力するしかないし、もしかしたら努力しても出来ないかもしれない。
勉強は得手不得手があるし、
会話力こそ喋れないから!喋れるようにしてあげないと!と焦っても喋れるものでもないし…
心の健康が大切と分かっているからこそ、この2つを親の私が頑張ると子供の心が壊れるだろうなー…
でも、自立させてあげるにはどうしたらいいんだ!?
とモヤモヤしていました。


そんな時、自立に必要な事は
『自分はどこまで出来るのか。何が出来ないのかを分かること』
『出来ない時、困っている時に助けを求められること』
と学び、スーッと心が軽くなりました。
自分がどこに進んで行ったらいいのか、道しるべをもらえた気持ちになりました。

大きな目標だけど、親が子供に教えてあげられる生きていくうえで大切な事の1つだと思いました😊